デス・オーバチュア
第150話「メイズメイカーと至高の剣」




「少し五月蠅すぎですよ。リーヴ様の眠りを妨げる者は何人たりとも許しません」
タナトスは地面に激突する直前、羽衣のような布切れに巻き取られ、十字架から助け出されていた。
そして、その布切れの先には、人形のように無表情な女が居る。
いや、人形のようなではなく、彼女は正真正銘人形だった。
「……おま……あなたは?」
タナトスは、人形の少女に、会ったことがあるような、ないような、妙な既視感を覚える。
「……リーヴ……さん?」
既視感の正体、原因……それは彼女から感じる気配が、リーヴ・ガルディアに似ているということだった。
「お初でしたか? 私の名は舞姫、リーヴ様に創られた『生きた人形』です、タナトス様」
布切れが縮み、舞姫の体にただの羽衣として羽織われる。
「綺麗なお人形さん、いきなりステージに乱入するのはいけないわ〜♪」
「これは失礼しました、手品師さん。ですが、あなたを呼んだ覚えはありません。うるさいのでどこか余所でショーをしていただけませんか? 無論、演奏の方も間に合っています」
舞姫は丁寧だが冷たい感じで、リューディアに『お帰り』を願った。
「嫌よ♪ あたくしは一度始めたショーは、自分が満足するまで絶対にやめないの〜♪」
「……そうですか。では、本意ではありませんが、力ずくでお帰り願いましょう」
「あら、面白い。ぜひ、やって見せて〜♪」
「おい、勝手に話を……」
タナトスを無視して、リューディアと舞姫はお互いを敵と定める。
「はいはい、タナトス、ここは任せて下がろうね。フィー戦での消耗もまだ完全に回復してないしね」
ルーファスは、タナトスを背後から抱き締めると、後方に跳び退がった。
「は、離せ、ルーファス!」
リューディアと舞姫からかなり離れた場所に二人は着地する。
タナトスはルーファスの拘束から逃れようとするが、ルーファスは背後からしっかりとタナトスを抱き締めて離さなかった。
「リューディアの強さとお前は相性が悪い。この方がいいんだよ」
ルーファスはタナトスの耳元に囁くように言う。
「むっ? どういう意味だ……?」
「フィー、ランチェスタやD、それにゼノンだってお前はいつか倒せるかもしれない……でも、リューディアは無理だ。お前みたいな不器用な戦い方しかできない奴に、リューディアのトリッキー……はっきり言えば反則的な能力は捌けない」
「うっ……」
タナトスは、確かにルーファスの言うことに思い当たることがあった。
リューディアという存在からは、フィーのような強い『戦闘力』は感じない。
リューディアの力……エナジーの質、量、出力はフィノーラの十分の一もない気がする、それなのに、『勝てる気がしない』のはフィノーラではなくリューディアだ。
リューディアにはタナトスの力は一切届かず、リューディアの力はタナトスには防ぐどころか、理解することすらできない。
「リューディアは剣士でも格闘家でも魔術師でもない……手品師だ。手品の種を暴かない限り、お前は勝負することもできない」
「……では、あの舞姫という人形なら勝負になるというのか?」
「少なくともお前よりは踊り子の方がまだ面白い勝負になるんじゃないかな?」
「むっ……」
「まあ、今回は大人しく見ているんだな」
「……解った……解ったから離せ、いつまで抱いているつもりだ?」
「おっと、失礼。あんまり抱き心地良かったんでな」
「ふ、ふざけるなっ!」
「じゃあ、イチャイチャしている叔父様達は放っておいて、始めましょうか、お人形さん〜♪」
「ええ、いつでもどうぞ」
「じゃあ、いくわよ〜♪」
リューディアが両手を一度握って開くと、それぞれの手に四本ずつナイフが出現した。
「はい〜♪」
リューディアは迷わず八本のナイフを舞姫に投げつける。
「……」
舞姫は自分に向かってくるナイフを羽衣で薙ぎ払おうとした。
しかし、舞姫が羽衣を振るうよりも速く、ナイフ達は全て独りでに消失する。
「ん?」
次の瞬間、舞姫の周囲に数え切れない程大量のナイフが出現し、一斉に舞姫に襲いかかった。



「今の手品、お前がやられたら防げたか、タナトス?」
「……くっ、無理だ……」
タナトスは悔しそうな表情で認める。
大鎌の間合いより内側に、突然出現した数百〜数千ものナイフに包囲される……そんなことをされたら、良くてそのうちの一部のナイフを大鎌で振り払うのがやっとだ。
死気を体から爆発的に放出して、ナイフを全て弾き飛ばすという手段もあるにはあるが、それには一瞬の間が必要で、あそこまでナイフ達に近接されていてば間に合わない。
「……おかしい……あのナイフ達、どこからか飛んできたんじゃない……いきなり、舞姫の周りに『生まれた』……?」
「おっ、いいところに気づいたな、タナトス。それがリューディアの手品の種と仕掛けのヒントだ」
ルーファスは意地悪げな笑みを浮かべた。
この男はリューディアの手品の種を知っているに違いない。
だが、それをタナトスに教える気はないのだ。
自分で考えてみろ……意地悪げな笑顔がそう言っているように見える。
「むっ…………」
タナトスは考えながらも、視線をリューディアと舞姫に集中した。
「凄い凄い〜♪ まさか、あのナイフを全部〜、布切れ一枚で叩き落とすなんて……器用を通り越して異常ね〜♪」
リューディアは、きゃっきゃっと楽しげに喜んでいる。
「全方位攻撃など今時珍しくもありません」
舞姫は羽衣を伸ばし長い布切れにすると、自分の全身を包み込ませるようにして、回転させ、全ての飛来するナイフを弾いたのだった。
「問題は寧ろ、ナイフが投げられた……つまり、あなたから発生したのではなく、私の周囲にいきなり発生したこと……」
実は透明にしたナイフを同時に投げていた?……それはありえない。
例え、透明な上に完全な無音や無臭にできたとしても、物体は気配だけは完全に消すことが出来ない。
物体が動けば、絶対に大気が揺れるのだ……その大気の揺らぎを舞姫の『触覚』がまったく感じられないわけがなかった。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚(味覚はこの場合問題外)……舞姫の人間の数倍に優れた五感を完全に誤魔化しきれる投擲などありえない。
その舞姫の優れた五感が断言していた。
あのナイフは間違いなく、舞姫の周囲で突然発生したのだと……。
「とすると……あなたの手品の種……あなたの能力はおそらく……」
「それ以上は言っちゃ駄目よ〜♪」
突然、舞姫の左右から無数の棘のついたしなる木の枝のような物が襲いかかってくる。
舞姫はギリギリで宙に跳んで逃れた。
「スパイクボールですか……普通、この手のトラップという物は、獲物が縄などに引っ掛かって初めて発動する物……あなたの様に遠隔操作で発動させる物ではありません」
舞姫がふわりと地面に着地しようとすると、その地面がいきなり巨大な『口』へと化ける。
舞姫は慌てずに、近くの建物の看板に向けて布を伸ばし絡み付かせ、口へと呑み込まれるのを逃れた。
鋭い牙を持っていた地面の口は獲物を喰らい損ねると、幻のように消失する。
それを確認すると、舞姫はゆっくりと地上に着地し直した。
「予め仕掛けて置くのではなく、必要になった瞬間、『創る』などトラップとしては本当に邪道ですね」
「あらあら、完璧にバレちゃったか……そう、あたくしの能力は無から有を創りだすこと、たったそれだけの陳腐な能力よ」
リューディアは、ああ、バレちゃった……といった感じでわざとらしくがっかりして見せる。
「陳腐……古くさいこと、ありふれていてつまらないこと……どこがですか? 実際にここまでの『創造力』を持った存在など、魔族にも神族にもまず居ませんよ……」
舞姫には、リューディアの凄さ、デタラメさが解っていた。
一見、リューディアの能力は、イメージを現実の現象とする『魔法』と同じもののように見える。
魔法自体も貴重な特種能力だが、リューディアの能力はただの魔法の比ではなかった。
「空間に存在する元素だか、原子だか、分子だかを材料に物質を創造……とかしているらしいけど、あたくし自身にもこの能力の科学的や理屈的な『原理』は解らないわ。ただ単に、あたくしがそこに欲しいと思ったモノが、そこに瞬時に生まれる……それだけのことなのよ〜♪」
「……あなたはそれがどんなに凄いことなのか、自覚されていないのですね……」
どこにでも、どんなものでも、瞬時にゼロから生み出せる……それはまさに、この世の『創造主』、『創造神』とでもいった存在の力である。
魔法使いにできるのは、あくまで、火とか雷とか、解りやすい攻撃の力を想像し、実際に創造……現実の現象として起こすことまでだ。
後は、盾とか剣とか矢とか単純な攻防の道具を瞬間的に生み出すこともできなくはないが、リューディアのように複雑なトラップを出し入れ自由……創造と消失を自在に行うことなどできない。
魔法使いが創った矢は相手に刺さった瞬間、創った盾は攻撃を防いだ瞬間、魔法使いの意志に関係なく勝手に消滅してしまうのが普通だ。
「もしや、あなたは創造した物を消そうと思うまでいつまでも維持できるのですか……?」
「はい? 何言っているのよ? 一度創った物が勝手に消えるわけないじゃない、面倒だけどいちいち消さなきゃならないのよね……」
「…………」
舞姫は絶句する。
リューディアの能力は魔法使いとは根本的に違うのだ。
魔法使いのイメージの現実化(物質化)はあくまで瞬間的なものであり、現実に存在しない物を一瞬だけ現実に出現させるものである。
だが、リューディアは違う、イメージし創造した物を現実の世界に半永久的に留めてしまうのだ。
「まあ、別に消さなきゃ次の物が創れないわけじゃないから、全部ほっといても別にいいんだけど……あたくしは几帳面で綺麗好きなのよ」
「…………」
リューディアの発言はさらに舞姫を驚愕させた。
リューディアがいちいち消してから、次の創造に移っていたので、てっきり連続で創れない縛り(法則)でもあるのかと思えば、そんなことはまるでないと言うのである。
「……創れる数や大きさには限界があるのですか……?」
「えっ? そうね……まあ、確かに大きければ大きい程、複雑な物なら複雑な程、創ると疲れるけど……体力……いや、どっちかというと精神力かな? それが尽きるまでなら、いくらでも、なんでも創れるわよ〜♪」
リューディアは何でもないことのようにあっさりと答えた。
無から有を創り出す……という手品の種、つまり種も仕掛けも存在せず必要としない手品であることがバレた今、何も隠す気がないようである。
「……デタラメにも程があります……」
舞姫は絶望的な表情で呟いた。
目の前の手品師と、人間より少し優れた知能と身体能力を持つに過ぎない人形である自分との存在の格の違いが解ってしまったのである。
「うんうん、そうね、確かにあなたの言うように、あたくしのやり方はトラップとしては邪道よね〜♪」
舞姫の呟きなど聞こえていないのか、リューディアは、かなり前に舞姫が指摘したことに対し、返答しだした。
「…………?」
「じゃあ、ちゃんとしたトラップの使い方をしてあげましょう〜♪ メイズメイキング♪」
リューディアはステッキを両手で持ち直すと、地面に深々と突き刺した。



それは文字通り、一瞬で創造された。
大地から突然隆起した塔のような物の上にリューディアは佇んでいる。
そして、その塔を中心に、ホワイトの街は複雑な『迷宮』に造り替えられていた。
「瞬きの間に街を丸ごと造り替えた!? デタラメも極まりましたね……ここは一度……」
舞姫は改めて頭上を見上げる。
隆起した迷宮の中心たる塔が見えることから解るように、絶壁ともいうべき壁で囲まれてこそいるが、頭上に天上はなかった。
「退かせてもらいます!」
舞姫は左右の壁を交互に蹴り飛ばしながら、頭上に駈け上っていく。
そして、壁の終わりから、空に飛び出そうとして、見えない壁に頭をぶつけて墜落した。
「……くっ?」
舞姫は辛うじて地上に激突する前に体勢を立て直し、足から綺麗に着地した。
「狡しちゃ駄目よ〜♪ 後、壁を壊して直進って反則技も無駄よ〜♪ まあ、試してもいいけどね〜♪」
リューディアの嫌みな程に陽気な声が響いてくる。
「……この迷宮を攻略するしか、あなたに辿り着くことも、脱出することもかなわないわけですか……」
「そういうことよ〜♪ 今度はバッチリ迷宮中に『予め』トラップを設置してあるから、死ぬほど楽しんでね〜♪」
『いや、遠慮するぜ……夜叉三日月剣(やしゃみかづきけん)!』
「なっ!?」
舞姫は背後から迫る何かを感じ、迷宮の右壁に張り付いた。
その舞姫の鼻先を、赤黒い光でできた巨大な三日月が駆け抜けていく。
舞姫の十倍近い大きさの三日月は、迷宮の壁を次々に粉砕しながら、迷宮の奥へと消えてしまった。
「おい、人形。さっさとこっちから外に出な、邪魔だ」
舞姫が三日月が飛来した方向を見ると、迷宮の壁が縦一列に粉砕され、外へと続いている。
三日月の進撃によって生まれたその新たな通路を一人の男が悠然とした足取りで渡ってきた。
「……殺戮鬼……様?」
「どうやらぶっ壊しても、すぐに修復するみたいだな。それも、前とは違う形に……より複雑にってか? 確かに、並の奴には壁を壊して攻略は無理だろうな」
男は舞姫のすぐ傍にまで辿り着くと、呆然としている舞姫を呆れたように笑う。
「何を呆けてやがる? さっさとしないと、オレが作ってやった『道』も塞がるぞ。邪魔だからさっさとそこから出ていけ」
「えっ……あっ、はい、ありがとうございました」
「まあ、紅茶の礼ってところだな。悪くない味だった」
男は、舞姫の頭を一度ポンと叩くと、さっさと行けと促した。
「…………」
舞姫は男の背中を見つめながらも、彼の作った道を駈けて遠ざかっていく。
「さてと……あんまり、魔皇や魔王なんてうざい奴らには関わりたくはないが……」
「あれ? お兄さん、魔族よね? それも地上に居るはずのない高位魔族……鬼さん?」
迷宮の中心である塔の上からリューディアの声が、距離的に不自然な程はっきりと聞こえてきた。
「……てめえ、誰を差し置いて殺戮しているんだ、ああん?」
男は、遙か遠方のリューディアを睨みつける。
迷宮によって隔てられた距離を超えて、二人の視線がぶつかり合った。
「このガルディア十三騎、第十騎士殺戮鬼クヴェーラ様を差し置いて、殺戮放題とは良い度胸じゃねえか!」
男、殺戮鬼クヴェーラの漆黒の外衣(マント)の背には『拾』という青文字が刻まれている。
「鬼さん……夜叉? ああ、あなたもしかして……?」
「ああ、そうだ、オレの名はクヴェーラ、血と殺戮に飢えた夜の鬼……魔界の夜叉を統べる王だ」
「……夜叉王クヴェーラ……なんで地上に居るのよ?」
「てめえに教えてやる理由はねえよ、魔皇の馬鹿娘!」
「むっ、馬鹿〜?……まあいいわ、あたくしに用があるなら、この迷宮を見事攻略してみなさいよ」
「冗談、誰がつき合うかよ」
クヴェーラの漆黒の三日月型の二刀に赤黒き輝きが宿りだした。
クヴェーラの体中からも同じ輝きが溢れ出す。
クヴェーラの纏う黒光は、ファージアスやDなどが使う暗黒や闇とは違った。
暗黒や闇といった穢れ無き黒ではない、赤黒く、適度に重く深く、そして何よりも血生臭い。
「何よ、あなたのその闇……気持ち悪い……」
「オレの黒光はてめえの親父のような底のない暗黒じゃねえ……オレに殺された奴らの血と怨嗟(えんさ)が染みついた黒き煌めきだ……ほら、よく見て見ろ、てめえにも見えるだろう? 狂気を孕んだ死霊の嘆きが……」
「……げっ……なんて悪趣味……」
視線を凝らしたリューディアは確かに見た。
黒き煌めきの中に渦巻く無数の死者の顔を……。
「男も女も年寄りも子供も、一切の例外なく殺して殺して殺しまくったさ……こいつらの怨嗟の叫びこそが、オレを称える賛美にして、オレの力の源だ!」
「なんて醜悪で邪悪……あなたには美学ってものがないの!?」
黒……すなわち闇とは、悪とは、もっと美しく煌めくものだとリューディアは思っていた。
そう、例えば父親であるファージアスのように圧倒的な強さと美しさを兼ね備えたモノこそ、真の悪であり、真の闇であり、真の魔であるはずである。
「はっ! オレは修羅でも羅刹でもない、戦いや破壊に美学なんて求めるかよ! ただ殺す、この世のあらゆる物を殺して殺して殺し尽くす! それがこのオレ、夜叉王クヴェーラだ!」
クヴェーラの全身から放たれる赤黒い光が爆発的に高まった。
「聞かせろ、断末魔の叫びを! 咲かせろ、赤き血の華を! 感じさせろ、肉を裂く快感を! そして、オレを絶頂(イカ)せてみろ!」
赤黒き光が、二刀だけに集束されていく。
「てめえもオレを称える死霊の一人になりなっ! これが夜叉王クヴェーラの最大の剣! 夜叉至高剣(やしゃしこうけん)!!!」
クヴェーラはバツの字に交差させた漆黒の三日月剣を一気に振り下ろした。
「ああっ!? 赤黒い光の大波があたくしの迷宮を犯していく!?」
赤黒き光の大波が迷宮を全て呑み尽くしながら、リューディアに迫っていく。
「い、いやあああああああああああああああああっ!?」
リューディアの姿は、死霊渦巻く赤黒き光の大波の中に呑み込まれて消え去った。








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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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